★あじさい音楽村・おとぎ話
文)NHK.東氏
「こんにちは!」 弁当屋を訪ねると、若者たちの屈託のない笑顔が迎えてくれる。
沖縄県本部町「あじさいミュージック」。
今、この弁当屋に鳴り響く歌が、風となり、翼となって全国へ届けられようとしている。
つくづく思う、心から・・・
「これは、まるで現代のおとぎ話じゃないか」って・・・。
物語の始まりは、今からちょうど11年前のこと。
店主と27人の地元高校生が、夏の一ヶ月をかけ、弁当屋の地下に手作りの音楽スタジオをつくった。
沖縄の田舎町には、音楽スタジオもない、楽器を教えてくれる先生もいない。
「せめて子供たちに大好きな音楽を思いっきり楽しめる場所を与えたい」
そんな思いからだった。
あじさいは学生の所属が多い。
高校に入学したばかりのメンバーは、ほとんどが楽器を扱ったこともない初心者ばかり。
それでも、音楽ができる喜びから、放課後、弁当屋に集まるのが日課となった。
音楽村には10ヵ条の決め事がある。
「挨拶をしよう」「赤点は取るな」「人の痛みのわかる人間になれ」。
およそ音楽と関係のない約束事ばかり。
店主いわく、
「ここは音楽の練習場ではない、人としての基本を学ぶ場所だ」。
この弁当屋で音楽に打ち込んだ若者たちは
高校卒業後、音楽村での体験をバネにして社会へと巣立っていく。
「小さな島国、故郷を離れた後も、たくましく生きてほしい」
そんな願いが音楽村には息づく。
ここで礼儀作法を学び、学業と両立させながら、
先輩から楽器を教わって音楽活動に励んでいった。
盆や正月さえも休まず、弁当屋に来ては夜遅くまで演奏テクニックを磨いた。
お祭り、ライブハウス、路上と場所を問わずに年間120本以上ものライブを行った。
ストリートライブに関しては複雑なPAの音響機材システムも自分たちで組む本格的なものだ。
地元の祭りに、金魚すくいの屋台を出し収益金をアンプなど機材費にあてた。
CDも制作して、一枚一枚、メンバー自ら手売りで売った。
メンバーのステージパフォーマンスは、
常に等身大の自分たちを素直な楽曲でありのままに届けようとする姿。
それは、先輩から後輩へと脈々と受け継がれてきた『11年間の夢の結晶』であり、
大好きな音楽を仲間たちと一緒に自由に楽しむ『音楽の原点』のようにも思える。
青い海と青い空が広がる沖縄の片田舎で育ったメンバーは、
人と人との絆や思いやりを胸に抱き、全国と行く大海原へ向け船出する。
メンバーは言う、「あじさいみたいな場所はどこにもない、日本中どこにも絶対ない・・・」
コバルトブルーの海をのぞむ小さな弁当屋で育まれた、
すがすがしい若者達が奏でる「あじさいポップ」
この現代のおとぎ話が、今の日本にどう受け入れられて、
どこへ向かっていくのか見守っていきたいと思う。
もどる